Story

#06

暮らしにゆとりを添える舞台芸術の殿堂は、どんな思いにより現代へ価値をつなげてきたのでしょうか。

Kariya Naoto

仮屋 直仁

フェスティバルホール
2015年入社

世界の音楽家から称賛され、
60年を迎える歴史を現代に伝える日本を代表する舞台芸術の殿堂

Guidance

世界の著名アーティストから愛され、
“天から音が降り注ぐ”と称された芸術拠点

クラシック音楽の本場、欧州で行われている音楽祭を日本でも開催するため、2,700席を誇る規模と、“天から音が降り注ぐ”と称された優れた音響を備えた旧ホールは1958年に誕生しました。東洋初と言われた音楽祭実現のため設立された大阪国際フェスティバル協会が欧州視察を行い、アーティストへの出演交渉などに奔走した結果、「ニューヨーク・シティ・バレエ団」が第一回大阪国際フェスティバルの開幕を飾りました。この公演の大盛況により、次々と歴史に残る公演を手掛けていきます。なかでも、8年越しの念願が叶った「バイロイト・ワーグナー・フェスティバル」の引っ越し公演(第十回大阪国際フェスティバル)は、クラシックファンから大きな反響があり知名度が一段と高まることに。さらに、1970年には日本中が注目した大阪万博の第二会場として、「カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団」がベートーヴェン交響曲全曲演奏会を行うなど、旧ホールは日本を代表する芸術拠点となっていったのです。

Guidance

旧ホールの伝統や歴史を引き継ぎ、
新たな時代へと向かい進化した新ホール

数々の歴史的な公演を行った旧ホールは、2008年12月に惜しまれつつ50年の歴史に一旦幕を降ろしました。そして、2013年春に「天から音が降り注ぐ」音響特性を継承しつつ、さらに進化した新・フェスティバルホールが誕生。旧ホールと比べ新ホールは、各所で設備面の向上も行われたことで、芸術性やエンタテインメント性が高い多彩なラインナップが揃い、錚々たるアーティストが公演を行っています。毎年300日を超える稼働を続けており、開業から6年間で400万人近くの来場者を迎えています。開業5周年を迎えた2018年、旧ホールからの最多登場記録を持つ歌手のさだまさしさんが、自身のソロデビュー45周年記念公演で、初登場となった1978年のコンサートと同じ曲目、曲順で演奏され、ホールの5周年を祝っていただきました。フェスティバルホールは、半世紀に渡って築かれた歴史を現代へと引き継ぎ、今も新たな歴史を刻み続けています。

フェスティバルホール インタビュー

伝統と先進性を備えたフェスティバルホールの魅力

私がフェスティバルホールの担当になったのが、2017年12月です。入社した時点で、新たなホールに生まれ変わっていたので、旧ホールの魅力は周囲から伝え聞くことしかできません。ですが、ステージに立った方々から、「音の響きが旧ホールと同じだね。」との言葉をいただくことも多く、当時の魅力が継承されていることは大きな喜びです。

新ホールは、舞台の奥行きを広くしたり、大道具などを吊るす装置の数を増やしたりと設備的にも大きな進化を遂げて、アーティストからもパフォーマンスの幅が広がったと好評を得ています。

憧れのホールを自分たちで継承する

実は、学生時代にフェスティバルホールの舞台で演奏をしたことがあり、とても感激したことを今でも覚えています。また、お客さんとして何度も来たことのある、このホールには格別な思い入れと憧れがあります。この思いを絶やさず継承していく責任の重さを意識しながら仕事に取り組んでいます。

私の業務は、公演の事前打ち合わせ、当日の安全管理、お客様対応、ホールが主催する公演の広報・宣伝活動や運営など多岐にわたります。特に広報・宣伝では、公演に関する知識が無ければ、なにを目玉に据えるかといった判断ができず、十分な成果を発揮できないと考えていました。一概に知識を学ぼうにも、クラシック、オペラ、バレエ、ポップス、演歌、歌舞伎など、ジャンルは多岐にわたります。ですが、“ホールの歴史や格式を守り、お客様に伝えたい”と強く思う気持ちで、知識を深め、やり甲斐を感じながら仕事に取り組んでいます。

舞台芸術を支える中心的ホールであり続ける

このホールには、たくさんのファンがいらっしゃいます。多くのアーティストの方々に、大阪では必ずフェスティバルホールと決めていただいています。私の今後の役目は、そういう方々の輪をさらに広めていくことだと思っています。今後も変わらず国内外のアーティストから愛される、舞台芸術を支えるホールであり続けられるような仕事を手掛けていきたいです。

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